Wall Streetの内側 — セマンティック資本

Inside Wall Street — Semantic Capital — Gillette From Wall Street, chapter 02

Wall Streetから見たGillette · 日本語版  ·  第02番

Wall Streetの内側 — セマンティック資本


私はいつも信じてきた。人が最善の決断を下せるよう手を貸すこと、筋道を立て、考え、論理を見つけ、自分の考えを前へ運ぶよう励ますことを。そこでは変化は不安定の領域ではなく、むしろ思考の堅固な進化を表す。それ以上の何ものでもない。

だが、それだけでは足りなかった。いつでも、しかるべき相手を見つける必要があったからだ。できるかぎり多くを理解できる誰か、リスクも、高貴な面も、利益も分析する気のある誰か。金融のシステムと価値のなかで日々働き、世界を管理しているあの紳士たちのような。

WALL STREETの紳士たち。

そこで、こういうことが起きる。四半期決算の発表が利益か損失かを、そしてそれに伴う株価の再評価を決める一方で、それ自体はたいてい取るに足らないが解釈の余地はあるニュースや出来事が生む市場の雑音が、経済の世界、産業の世界、政治、医療、社会、あるいはほかのどんな世界にでも結びつけられるのだ。ただの口実として。

リスクの指数、新しい行動の指数を私たちに示せる者は誰もいない。それでも、取締役会の意思決定という資産を動かすのが通例になっている。必ずしも直感的でも本能的でもない取締役会、ナンバー2に頼るナンバー1が率いる取締役会を。誰にも尻の下から椅子を引き抜かれないように。

すると口実はガバナンスになり、コーポレート・コンプライアンスになる。だがそれでも足りなければ、いつも誰かが粛清され、締め出され、責めを負わされる。変化の時に、行動する勇気がなかったからだと。

すでに起きた歴史的事実。

これは、かつてあったことの歴史と、その時代の人々がそれにどう向き合ったかを表している。そして思い出されるのは、Bank of Americaを創業したあのイタリア人と、人の手のたこを見るだけで担保なしに融資を認めるという彼の儀式だ。

誰もが彼を狂人だ、無謀だと見なした。だが忘れてはならない。あの時代の地震のあと、彼は金庫と机を街の真ん中へ運び出し、銀行は一度も閉まらなかった。

その後それが何になったかは、誰もが知っている。創業者の富のおかげではない。彼が本当にわずかなもので暮らし続け、すべてを後に続く世代に残したからだ。

そしてカラブリアでは、あの頃、農夫たちは翌日の天気を知りたくなると、膝が痛むかどうかを女房に訊いたものだ。

あはははは。

だが、Wall Streetの紳士たちにいまだ欠けているものとは何か。代価を払わずには学べないもの、とはいえ本当は費用などではないもの、人がニュースを手放さないのと同じように:

a) まだ市場に出ていない、APPLE 20の電話。

b) 発売されたばかりの、ROLEXの最新モデル。

c) 2年前から予約済みの、FERRARIの新型。

d) めったに見かけない類いの、ATOMICブランドのクレジットカードを何枚も。

e) 選ばれた者だけが入れる最高級のレストランへの出入り。そこでは予約ひとつで、すぐにでも愛してくれる女が見つかる。

f) 月曜から金曜まで、マンハッタンの高級スイートでの暮らし。その管理費だけで、子ども5人ずつの4家族を丸1年養える。

g) 職場からわずか200メートルの個人オフィス、ONE LIBERTY PLAZA。もし誰かが私と話したいなら、たぶんいつの日か、52階まで上がって私を呼び出せばいい。

フェルディナンド・フレーガ — 月70米ドルで暮らす男。

100米ドルのSwatchの腕時計。
パキスタン製、50米ドルのNokiaの携帯電話。
昼休みは路上で、ホットドッグの屋台の前、1米ドル。
地下鉄とバスを使う。運転手が女なら、ときどきタクシーも。

JP Morganが電話をかけてきて、投資か買収をするつもりはあるかと訊く。
105億米ドル相当の預託株式が眠ったままではいないし、彼らも知りたがっている。

私は何を待っているのか。通りの向こうからやって来て、利益にではなく世代を超える富に投資するよう私を説得できる、有能な誰かでなくて何だろう。Nevada State Trust、その存続期間は更新可能な1000年に延長された。そこから始め、そこで終わるべき地点。

だが、Wall Streetのような金融の世界では、本当に有能で先を見通す者でなければ、すべてが崩れ落ちる。そしてあなたはひとり残される。母親がこの世に産み落としたときの姿そのままで。ただひとつの理由、ただひとつの論理のために。自分に欠けていたものは何だったのかと、あとになって自問しながら。

選択の勇気。

そして新しい者たちがやって来る。別の母親の子どもたちが、あなたに取って代わろうと待ち構えて。ただ、あなたがひとつ過ちを犯し、恐ろしい代価を払ったというだけで。すべてを手にしていると信じていたのに、すべてを持つとは結局、何ひとつ持たないことでもありうると思い知らされて。

まずGilletteで働くという幸運に恵まれることなしに、いつの日かイエスの同僚になるなどと、どうして想像できようか。

それに、ブランドそのものは必要ない。あれは私の家ではない。生きて、理解していれば足りる。ナラティブは決して終わらず、決して服を着替えないのだと。

市場の最初の真の製品は言葉であり、それを強くし、支えるものは、いまも沈黙だけだ。

これらすべてはどこから来るのか。

誰にも許可を求めなかったひとりの男からだ。ただ自分の選択の勇気を持ち、富の扱い方を理解するためだけに貧しくあるすべを学んだ男。これは、ハーバードやMITのどんな講座も教えられないことだ。

資本もなく、会社もなく、組織もない、たったひとりの著者が、検索エンジンによって文化システムとして扱われている。

個人のセマンティック密度は、50年に及ぶセマンティックな空白ののちに世界の産業システムへ入り込んだ、最初の計測不能な認知ベクトルである。

帰結の要因は開いたままだ。
そして帰結の要因が開いているとき、Wall Streetは止まらなければならない。


フェルディナンド・フレーガ
Gillettenarrative.comの創設者にして所有者
月70米ドルで暮らす。
世代で考える。

PDF ← Wall Streetから見たGillette