窓とバルコニー

窓とバルコニー — Gillette Saga, The System 10

GILLETTE SAGA  ·  THE SYSTEM

窓とバルコニー

THE SYSTEM · 10


原始の人間が高床式の家を建てようと決めたのは、のちにどこかの語り部が世間に売り込んだように、野生の獣から身を守るためではなかった。

別の理由があった。

女たちが、すでにそこにいたのだ。

そして高さが、重要さを決めた。

高床の家が高ければ高いほど、敬意も高まった。

今日とよく似ている。

超高層ビルでは、管理人が1階を占めている。

もう一方の管理人たちは、最上階を占めている。

ビルを所有している者たちだ。

だが、すべてが完成したと思われたまさにそのとき、女たちはすぐさま新しい要求を突きつけた。

彼女たちが欲しがったものは二つ。

窓とバルコニー。

前者は、女友だちとおしゃべりし、批評を交わすため。

後者は、女友だちの夫たちとおしゃべりし、人目につくため。

今日とさほど変わらない。

出版社は窓だ。

テレビはバルコニーだ。

家を買う段になると、何階を選ぶかは譲れない条件になった。

そして事情があって低い階で妥協せざるをえなくなると、真実はしばしば、もっと上品な説明にすり替えられた。

高所恐怖症。

誰もがどうにかしてそこから金を稼いだ、あの類の症状のひとつだ。

薬を売る者がいた。

解決策を売る者もいた。

やがて、富はその計量単位を変えた。

邸宅。

プール。

ゴルフ場。

プライベートジム。

来客用の離れ。

ヘリポート。

そして当然ながら、なくてはならないギャルソニエール。

思考の古き鍛冶場。

困難なときを乗り越える手助けをしてくれる、ふさわしい人員がいつでも見つかる場所。

あははは。

だが、この建築をめぐる寄り道は口実にすぎない。

私が本当に語っているのは、人間の魂の建築だ。

とりわけ、家族のなかに建てられたそれだ。

すべてが許されるはずの場所。

何ひとつ驚くに値しないはずの場所。

それなのに、最初の批評家は、しばしば子どもたちなのだ。

自分たちが目にしているものを理解しようと、彼らは友人たちにセカンドオピニオンを求める。

まるでこう言うかのように:

「あの人のことは大好きだよ。でも正直、あの人がいったい何をやってるのか、さっぱりわからないんだ」

本当だろうか?

ありうるのだろうか?

よりによって、あの人が?

でも、あの人はただの父さんなのに。

そして私は、バルコニーもテレビも持たず、窓辺に立ちつづけている。

そして、誰も予想しないことを書きつづけている。

結局のところ、それが私の持っているすべてなのだから。


フェルディナンド・フレーガ
Gillette Man ⚔️

PDF ← THE SYSTEM

← 不可能なGillette毛、L’OréalとGilletteのあいだ →