コミュニティのサーガ · 日本語版 · N. 12
あらゆる予測の外で。
人間にはつきまとう奇妙な傲慢さがある。私たちは人生を予測できると信じている。何年もかけて計画を立てる。五年目標。十年戦略。決算。予測値。予定表。地図。やがて現実がやって来る。そして現実は、私たちの計画書など読んだことがない。長いあいだ、経験は予測可能性を生むと信じていた。学べば学ぶほど。知れば知るほど。旅すれば旅するほど。何が起こるかを、それだけ見通せるはずだと。論理的に思えた。妥当に思えた。科学的にさえ思えた。やがて人生は、面白がってその逆を証明してみせた。最も重要な転機は、いつも約束もなしにやって来た。予約もなく。予告もなく。警告もなく。ただ、やって来た。ある時は好機の姿で。ある時は喪失の姿で。ある時は出会いの姿で。ある時は病の姿で。
その違いが分かるのは、後になってからだ。渦中にいるときは、どれも同じものに見える。中断。突然の変化。回り道。それまで歩んできた道のりを眺めるうち、奇妙な図柄に気づき始めていた。すべてを理解したと確信するたびに、問いそのものを変えてしまう何かが起こった。そして問いが変われば、答えもまた価値を失う。人生のある特別な時期を覚えている。経験があった。責任。実績。知識。すべてが、かなり明確な軌道を示しているように見えた。未来はある方向に進むはずだと確信していた。うぬぼれていたからではない。データがそう告げているように見えたからだ。やがて人生は、最も得意とすることをした。勝負の台を変えることだ。ルールではない。台そのものを。これは、ほとんど誰も語らない部分だ。台が変わっても、積み上げた経験は消えない。だが足りなくなる。もう一度学ばなければならない。もう一度観察する。もう一度耳を傾ける。屈辱的だ。と同時に、驚くべきことでもある。私たちが思っているよりずっと長く学生であり続けることを、思い出させてくれるからだ。
年月とともに、私は予測不可能性を尊ぶようになった。快適だからではない。快適だったためしはない。正直だったからだ。予測不可能性は、人にありのままの姿をさらけ出させる。すべてが計画どおりに進むとき、誰でも有能に見える。計画が消えたとき、人格が現れる。私が最も敬服する人々は、未来を正しく予測した人々ではない。予測していなかった未来を渡りきることのできた人々だ。これは別の能力だ。はるかに稀な。はるかに人間的な。私たちは、自信ありげに見える者に報いる世界に生きている。確信をもって語る者に。成果を約束する者に。予測を差し出す者に。私は時とともに、不確実さと共に生きられる人々をより信頼するようになった。不確実さはシステムの誤りではないからだ。それがシステムなのだ。宇宙は誰とも、予測可能性の契約書に署名したことなどない。それでも私たちは驚き続ける。抗議し続ける。不測の事態を例外と見なし続ける。おそらく、その逆をすべきなのだ。それを常態と見なすことを。この考えをついに受け入れたとき、何かが変わる。絶対的な支配を追いかけるのをやめる。保証を求めるのをやめる。未来が私有財産であるかのように生きるのをやめる。
そして探検家のように生き始める。注意深く。敬意をもって。好奇心をもって。人生が言葉を使わずに教えてくれた一文を覚えている。最良のものと最悪のものは、決して紹介状を送ってこない。やって来る。入ってくる。風景を変える。そして結果を残して去っていく。それをどうするかは、私たち次第だ。振り返ってみると、私が根幹と考える経験の多くは、事前の合理的な審査など決して通らなかっただろうと気づく。あまりに危険だった。あまりにありそうもなかった。あまりに複雑だった。想像していたものとあまりにかけ離れていた。それでも、今の私という人間を築いたのは、まさにそれらの経験なのだ。だから今日、私はもう予測可能性を美徳とは考えない。便利なものと考えている。本当の美徳は別にある。開かれたままでいること。注意深くあり続けること。学ぶ力を保ち続けること。人生が台を変えるときも。運命が問いを変えるときも。未来がノックもせずに部屋へ入ってくるときも。大陸を、危機を、人間関係を、成功と失敗を渡り歩いて学んだひとつの真実があるからだ。私の人生で最も重要なことは、いつもあらゆる予測の外で起こった。そしてまさにそこから、物語のいちばん良い部分が始まっていたのだ。
Ferdinando Frega
Gillette Man ⚔️