Gilletteの鬱を越えて · 日本語版 · 第09番
GILLETTE:判断の誤り
GilletteNarrative — The Blade Essays
男が61歳になり、本当にひとりきりになったとき、もう思い出の中には生きていない。過ちの中に生きている。
思い出は無害だ。もう人を傷つけることはできない。過ちは違う。過ちはこちらより先に目を覚ます。ベッドの端に腰かけて、こちらの目が開くのを待っている。年齢の忠実な連れ合いだ。再交渉のきかない唯一のものだから。
あの8月の朝、気がつくと私は、できちゃった結婚として知られる南イタリアの古い制度のことを考えていた。
1940年代、50年代の村では、若いふたりが、若者だけに許された向こう見ずさで恋に落ちた。互いを求め、互いを信じ、帰結のことなど考えもしなかった。それでも帰結はやって来た。子どもがひとりのこともあれば、ふたりのことも、3人のこともあった。
家族は現実を見て、実際的な解決を選んだ。
開けた考えの持ち主だったからではない。
ロマンチックだったからでもない。
醜聞のほうが結婚より高くついたからだ。
恋人たちは祭壇へと押しやられ、責任という洗礼を受け、社会へ放たれた。子どもと、義務と、計画したわけではないがこれから築くしかない未来を抱えて。
家族が交際に反対したときには、別の解決があった。
fuitina。
駆け落ち。
若いふたりが連れ立って姿を消し、同意などもう関係なくなったと告げる。
伝言は単純だった。
私たちは互いのものだ。追いつけるときに追いついてくれ。
やがてみんな戻ってきた。家族とはいつもそうだ。親は子を愛しているから許す。祖父母は、孫がそれまでの心の掟をことごとく覆してしまうから許す。
だがあの朝、私が考えていたのは若い恋人たちのことではなかった。
自分のことだった。
何年ものあいだ、私のひそかな日課は、誤りの勘定になっていた。
間違った決断。
間違った沈黙。
間違った忠誠。
間違った期待。
そしてあの若い恋人たちと違って、私には償いの結婚など待っていなかった。村の司祭もいない。親族会議もない。この算術を正せる社会の公式もない。
そのとき気づいた。私自身のfuitinaは40年続いていたのだ。
65か国。
10年が4つ。
大陸をまたぐ、ひとりきりの駆け落ち。
問いはもはや、逃げたのかどうかではなかった。
問いはこうだった。
いったい何から逃げてきたのか。
2026年8月14日、答えがついに届いた。
何が起きたかを知るだけでは足りなかった。
なぜ起きたかを理解することが欠かせなくなった。
知恵と苦しみの違いは、たいてい、説明がひとつ欠けているというだけのことだ。
そして突然、はっきりした。
裏切りではなかった。
陰謀でもなかった。
宿命ですらなかった。
判断の誤りだった。
壮大で、高くついた、一生ものの判断の誤り。
正すことはできなかった。
上訴することもできなかった。
結果に責任を負う最高権威と交渉することもできなかった。
私の宿命。
私がこれまで向き合ってきたあらゆる帰結の最高経営責任者。
そして初めて、私は彼と言い争うのをやめた。
フェルディナンド・フレーガ
