Gilletteの取締役会

Gilletteの取締役会 — Gillette、患者のサーガ 第04章

Gillette、患者のサーガ · 日本語版  ·  No. 04

Gilletteの取締役会


(率いられる者の目から)

「クリニックは患者を治す。ケアする共同体は人を支える」

I. 管理者たちと取締役会

施設はコンクリートから生まれるのではない。

決断から生まれる。

どんな建物も同じ材料で建てることができる。だが違いをもたらすのは、それを率いる者のビジョンだ。

どんな組織の背後にも、異なる来歴、異なる経験、異なる技能を持つ人たちがいる。同じ目標にどうやってたどり着くかについては違う考えを持ちながら、共通の責任を分かち合うことを引き受けた人たちだ。

管理者たちは、たいてい別々の道からやって来る。

施設の内部から上がってくる者もいる。

よそで積んだ職業経験を携えて来る者もいる。

それぞれが知識と、信念と、自分の役割についての異なる解釈を持ち込む。

そして、責任と決定権のあるところではどこでもそうであるように、ビジョンはいつも一致するとは限らない。

誰もが、自分は解決策の一部を握っていると信じている。

誰もが、自分の生きてきたものを通して現実を読む。

だが結局、違いを生むのは意見ではない。

結果だ。

そして結果は、下された決断の帰結を誰よりも身をもって生きる人たちに、毎日見つめられている。患者とその家族に。

だから医療施設は、階層組織よりもオーケストラに似ている。

管理者がいる。

監督者がいる。

手順がある。

だが最終的な結果は、その歩みに加わるすべての人のあいだのハーモニーにかかっている。

率いる者が楽譜を定める。

日々働く者が、それを音楽に変える。

そしてしばしば、リーダーシップの本当の値打ちは、この協働の質で測られる。

命令することは機能だからだ。

率いることは責任だ。

そしてケアに身を捧げる組織では、この二つのあいだの距離が大きな違いを生みうる。

ビジョンは取締役会とその顧問たちの専権でありつづけ、彼らの教養と、彼らをそこまで連れてきた道のりに大きく左右される。

取締役会に座る誰もが、その役目のための準備を積んでたどり着いたわけではない。ときには、扉を開けるのは財力だ—遺産、突然転がり込んだ富、まったく別の分野で手にした成功—その財力に見合うケアの文化を伴わないままに。そして金は、それだけでは、医療施設の率い方を誰にも教えてくれない。

入ってきた者を驚かせる組織文化である。

ある顧問のことを覚えている。臨床の能力は何ひとつないのに、廊下でもっぱら気にかけていたのは、患者用の駐車スペースに職員が車を停めていないかを確かめることだった。些細なことだが、多くを明かす細部でもある。その人にとって本当の優先事項が何であったかを、雄弁に物語っていた。

もっと先を見るだけでよかったのだ—すでに持っているものをただ守るのではなく、見返りを生むために投資することだ。施設を所有する者と、それを率いるすべを知る者との違いは、ここで決まる。

どんな場所にも性格がある。そしてその性格は、そこを率いる人たちから生まれる。

II. エピローグ

施設は投資で築かれる。

信頼は人で築かれる。

リーダーシップは就いている役職で測られるのではない。異なる技能を共通の目標のために役立てる力で測られる。

結局のところ、うまく回っているどんな組織の背後にも、いるのは決してひとりだけではないからだ。

そこにはいつもチームがある。

III. 著者のページ

この作品は依頼されて書いたものではない。

売られたものでもない。

商業目的で作られたものでもない。

リハビリテーションの価値、人間の尊厳の価値、そして人と人との関係の価値を証言するために書かれた。

求める対価は、象徴としての1ドルだけ—作品への支払いとしてではなく、ケアと希望と責任の文化をともに担うという約束の証として。


フェルディナンド

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