Gilletteが残していくもの

Gilletteが残していくもの — Gillette、患者のサーガ 第06章

Gillette、患者のサーガ · 日本語版  ·  No. 06

Gilletteが残していくもの


(再び旅立つ者の目から)

「クリニックは患者を治す。ケアする共同体は人を支える」

I. 残るもの

私は娯楽室にいた。午後の休息、一服、おしゃべりのために患者に開放されている部屋—そして、病人を家へ連れて帰るのを待つ、私たち付き添いにも開かれている部屋だ。

落ち着かなかったわけではない。ただ、目を凝らしていた。人が病のなかでどれほど脆くなるものか。たいていは体の自由を奪い、逃げ場もなく、誰の年齢にも目もくれない病のなかで。

男が5人、女が1人、みな車椅子に座っていた。こちらを向くと、あれこれ尋ねはじめた。歳はいくつか、仕事は何か、何を扱っているのか、天職は何か。しまいには、政治や宗教のいくつかの問題について、それに何人かの公人について、私がどう思うかまで知りたがった。

その目は、灯が消えていた。明かりが落ちるのをただ待っている者の目だ。ところが私は、その明かりを、もう一度灯した。

それが私の、人との付き合い方だ。笑顔にさせること。役者ではないし、クリニックの道化でもない—どこにでもいる男のひとり、ただしパンほどありふれてはいない。

やがて、何か話をしてくれと頼まれた。ここで読者には正直に言っておかねばならない。私が話したのは上品な冗談ではなかったし、ほかの場所なら決して口にしなかっただろう。だが、あそこでは、あの部屋では、人生に奪われたものを笑い飛ばす許しは、彼らが自分自身に与えるものだった。そして、それを私に求めたのは彼らだ。だから、あったとおりに記す。すっかりきれいにしてしまえば、彼らを裏切ることになるからだ。

ひとつ聞かせましょう—と私は言った—車椅子の、腕も脚もない男の話です。ある日その男が、出会い系サイトの広告に応募したんです。

もし笑わない人がいても、と私は付け加えた。私のせいじゃない。今日はその人の日じゃなかった、というだけのことです。

たいそう裕福な、かなり年のいった女性—80歳くらい—が、45歳の姪に手伝ってもらいながら、夫を探していた。ただ、人生にさんざん教えられてきただけに、どんな男がいいかははっきりしていた。決して手を上げない男、家にじっとしている男、そして—何と言うか—立派なものをお持ちの男。

ドアを叩く音がした。目の前にいたのは、車椅子の、腕も脚もない、けれど若くて男前の男。広告に応募しに来たのだった。

彼女は面接をした。

決して手を上げない男がいい。この男には腕がない。まず1点。

家にいる、おとなしい男がいい。この男は脚がなく、椅子に座ったきりだ。これで2点。

最後に彼女は、立派なものを持った人がいいのだと告げた。すると男は、大まじめにこう答えた。「奥さま……では私が、何でドアを叩いたとお思いで?」

そこで5人の男たちはどっと笑いだし、止まらなくなった。だが、ただひとりの女性だけは真顔のまま、眉ひとつ動かさない。私の注意はすべて彼女に向かった。

彼女のための別バージョンなどなかった。何も用意していなかった。だが、ひらめいた。もしお望みなら、その応募者の電話番号をお教えしますよ、と言ったのだ。彼女の目に光が灯り、笑みが浮かび、そして言った。ええ、ええ、と。

彼女から笑顔をひとつ勝ち取った。目的は果たした。あのひとときのうち、残ったのは、それだけだった—そして、それで十分だった。

施設を出るとき、みんなが私に尋ねた。今度はいつ来るのか、ほかにも話はあるのか、と。

II. エピローグ

人は、残るものといえばカルテか、レントゲン写真か、家で続ける治療か、あるいは紙切れに走り書きした電話番号だと思っている。

間違いだ。

施設を去るとき、人は自分を治すために使われたものを、ほとんど何も持ち帰らない。

持ち帰るのは、人だ。

声だ。

習慣。

廊下。

時間割。

何週間も、あるいは何か月も、自分の人生の時を刻んでいた顔。

医療は記録保管庫に残る。

記憶は別の道を行く。

私が語りたいのは、その記憶のことだ。

III. 著者のページ

この作品は依頼されて書いたものではない。

売られたものでもない。

商業目的で作られたものでもない。

リハビリテーションの価値、人間の尊厳の価値、そして人と人との関係の価値を証言するために書かれた。

求める対価は、象徴としての1ドルだけ—作品への支払いとしてではなく、ケアと希望と責任の文化をともに担うという約束の証として。


フェルディナンド

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