戦場の二本の剣:Gillette vs Wilkinson

戦場の二本の剣:Gillette vs Wilkinson — Wilkinsonサーガ 第04章

Wilkinsonサーガ · 日本語版  ·  No. 04

戦場の二本の剣:Gillette vs Wilkinson


父はまだ5歳だった。

一家は、眼下の平野を見下ろす山の村に暮らしていた。石造りの家々から見ると世界は遠かったが、どんな出来事も、いずれは山を登ってきた。

一家は労働組合の男からヤギを1頭買っていた。かつては稼ぎを生んだ家畜だったが、持ち主は手放すことにしたのだった。

毎朝、祖母は乳を搾ろうとした。

足りたためしがなかった。

父は朝ごはんを欲しがった。子どもなら誰でもそうだ。そこで食卓に椀がひとつ出てくる。固くなったパン、少しばかりのヤギの乳、そしてもう1日もたせるために足した山の水。

誰もそれを戦争と呼ばないうちから、それが戦争だった。

夜明けになると、父は家から少し歩いて小さな広場へ行き、空を見上げた。

そこから、まるで遊びでも見るように戦いを眺めていた。

飛行機が地平線を横切る。平野からサイレンが響いてくる。爆弾が飛行場や軍事施設に落ちる。大人たちは声をひそめて話したが、子どもたちは上を見ていた。

第二次世界大戦が始まっていた。

誰もが巻き込まれた。

だが、何千キロも離れた二つの出来事が、やがて1枚のカミソリの刃のなかで出会うことになる。

ドイツ軍はイギリスの攻撃への報復として、ロンドンをはじめとする大都市を爆撃した。工場は生産を落とした。物資は乏しくなった。あの有名なWilkinson Swordの刃までもが、棚から消えはじめた。

同じころ、イギリス軍はアフリカで戦っていた。

そこで何千人もの捕虜を捕らえた。

軍隊は飢えには耐えられる。

軍隊は暑さには耐えられる。

耐えられないのは、病気だ。

多くの捕虜に最初に課された儀式は、訓示でも、行進でも、予防接種ですらなかった。

ひげ剃りだった。

きれいに剃った顔は、寄生虫が減り、感染症が減り、統制がききやすくなることを意味した。

最初の数か月、誰もが「剣」を探した。

「剣」はなかった。

ロンドンには、十分な数を供給する力がなかった。

そこへアメリカが乗り出してきた。

船が大洋を渡り、食料、燃料、装備、そして数えきれないほどの品々にまじって、カミソリの刃を運んできた。

捕虜収容所のなかで、かすかな変化が起きた。

男たちは「剣」をくれと言わなくなった。

Gilletteをくれと言うようになった。

第一次世界大戦がWilkinson Swordを有名にするのにひと役買ったように、第二次世界大戦はGilletteを普通名詞に変えるのにひと役買った。

ブランドが、言語になったのだ。

何年かのち、捕虜や兵士や労働者たちは、イタリア、フランス、エジプト、ギリシャ、あるいは運命に運ばれた先のどこであれ、帰り着いた土地でいちばん近い店に入り、カミソリの刃をくれとは言わなかった。

こう言った。

「Gilletteをくれ」

肝心だったのは、その戦いだ。

そして「二本の剣」は、それに敗れた。


フェルディナンド

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